アートと日々の日記帳

アート好きがつづるゆったりした日々の日記帳(アート編)

多分、私は運か勘がいい

 前々からなんとなく感じていたのですが、私は運や勘が良い方だと思います。

ふと「そろそろ喪服を買っておこうかな」と思ったら、一週間後に同級生が亡くなったり、何気なく気分で選んだ行動が、後から「あの時やっておいてよかった」と思えることが多々あります。

普段は冬にしか帰省しないのに、今年はなぜか夏に実家に帰りたい気持ちになりました。

その時、祖父が骨折で入院しており、お見舞いに行って20分ほど話せたことは本当に良かったです。

祖父は今夏の終わりに95歳で亡くなりました。

死に目には会えず寂しさも残りますが、2週間前に最後の会話ができたことが救いです。

 振り返れば、祖父が82〜83歳の頃、敬老のお祝いにかこつけて二人で高千穂旅行に行った思い出があります。

人生の半分以上を私たちの大切なおじいちゃんとして過ごし、長生きしてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

悲しみはありますが、人生には季節があり、最期の別れもその一部として受け入れようと思います。

 

先週の制作の振り返り

 

 先週の制作では、絵の具を使った質感の実験にじっくり取り組みました。

筆の運び方、絵の具の重ね方、水分量や乾くタイミングなどを何度も試しながら、さまざまなテクスチャーの可能性を探りました。

思っていた以上に複雑に色や質感が絡み合う表現が好きだということに気づき、改めて絵を描く面白さを実感しました。

 特に、色の重なりが生み出す深みや奥行きがとても魅力的で、画面の中で偶然生まれるニュアンスにわくわくします。

ただ、その一方で、色が濁ってしまうこともあり、納得のいく仕上がりにならない場面もありました。

今後は、色が美しく映えるように、濁らない配色や絵の具の扱い方にもっと注意を払いながら進めていきたいと思います。

次は、今回の実験で得た発見を生かして、より意図的に質感と色彩を組み合わせた作品にチャレンジしてみたいです。

絵を描き続けるためにしている準備

 

 制作環境を整えることは、創作の第一歩を踏み出す大切な要素です。

でもめんどくさいですよね。

私は机の両脇にワゴンを置き、必要な画材や素材をすぐに取り出せるよう工夫しています。

この配置によって、描き始めるまでの心理的なハードルを大きく下げることができます。

例えば、色鉛筆でのドローイングなら、スケッチブックを開く→色鉛筆の筆箱を開く→描き出す、というシンプルな三段階で作業に入ることができます。

最初の行動が簡単であるほど、腰が軽くなり、自然と手が動き始めるのです。

 

一方で、絵の具を使うときは準備が多く、少し億劫になりがちです。

水入れを組み立てて水を入れ、パレットと筆を準備し、絵の具をパレットに出し、ようやく描き出すまでに五段階を踏む必要があります。

工程が増えると、気分が乗らない日は特に手が止まりやすくなります。

そんなときは、ノイズキャンセリングのヘッドフォンで音楽を少し大きめに流し、気分を盛り上げながら準備を進めるようにしています。

好きな音楽に合わせて体が自然に動き出すと、気がつけば制作モードに入っているのです。

こうした小さな工夫を積み重ねることで、日々の制作がスムーズに始められるかなと感じています。

朝 短時間だけベッドの上でヨガ

 

 今朝も、目が覚めた瞬間からまぶたがずっしりと重く、頭の中もぼんやりとしていました。

私は昔から朝がとても苦手で、スッキリとした目覚めというものにあまり縁がありません。

目が覚めてからも、しばらくは布団の中で動けないこともしばしばで、「このまま一日を始めたら、まただるいまま過ごすことになるな」と思う日々が続いていました。

そんなとき、YouTubeで見つけた“横になったままでできる簡単ヨガ”を試してみることにしました。

ベッドの上で横になってでもできる手軽さが魅力で、動画を見ながらゆっくりと体を伸ばしたり、手足や指先を動かしたりします。

最初は半信半疑でしたが、続けているうちに、終わるころには頭の中のモヤが少しずつ晴れていくのを感じるようになりました。

特に、指先や足先の血流を促す動きが効いているのか、体がポカポカと温まっていくのを実感します。

この朝ヨガを日課にしてから、朝のスタートが以前よりもずっとスムーズになりました。

ほんの10分ほどの習慣ですが、体も心も軽くなり、1日を前向きに始められる気がします。

もし私と同じように朝が苦手で、なかなかエンジンがかからないという方がいたら、ぜひ試してみてください。

静かな朝の時間を少しだけ心地よく変えてくれるなと感じています。

 

 

先週の制作の振り返り

 

 先週は、朝起きてからの5分間ドローイングがすっかり日課となり、毎日欠かさず描けるようになったことが一番の収穫でした。

もちろん、時には5分をオーバーしてしまう日もありますが、そこは「ご褒美タイム」と思って楽しんでいます。

 

一週間分のドローイングをまとめて並べてみると、面白い発見があります。

「この日は線が軽やかで調子がいいな」とか、「この日はちょっと寝ぼけた線だな…」といった具合に、自分の体調や気分が線にそのまま出ているのです。

まるで日々の調子を映す小さな日記のようで、絵を描くことが自分自身のコンディションを測る目印にもなっている気がします。

 

 また、以前、訪れた水族館で夢中になってシャッターを切ったおかげで、魚やクラゲなど海の生き物の写真がたくさん手元にあります。

残暑が続くあいだは、この海の生き物たちをモチーフに、涼やかな空気を纏った絵を描きながら過ごせそうです。

ドローイングの習慣とともに、少しずつ作品としての絵も充実させていきたいと思います。

 

Googleクロームの便利機能で名前不明の魚を簡単に検索できた

 

 お盆の帰省で実家に滞在していると、近所の知り合いの方が突然、新鮮な魚を持ってきてくださいました。どうやら網にかかったものの、形や大きさが市場に出すには向かない規格外の魚のようです。

こういう魚をいただくと、昔は名前もよく分からず、とりあえず煮付けにしてしまうことが多かったのですが、今は便利な時代になりましたね。

 

最近はGoogleのカメラ検索機能を使えば、スマートフォンで魚を撮影するだけで名前が分かります。

さっそく試してみると、魚はセダイとイサキでした。

特に小さなイサキは初めて見たので、思わず驚きました。

検索結果には調理法まで載っていたので、セダイは煮魚に、イサキは塩焼きにして食卓に並べました。

どちらもとても美味しく、旬の味を堪能できて幸せなひとときでした。

 

こうして便利な機能を活用していると、つくづく時代の進化を感じます。

10年前は魚の名前を調べるだけでも図鑑や専門サイトを必死に探していたのに、今ではスマホ一つで瞬時に解決です。

日常の中でふとした瞬間に、文明の力が生活を豊かにしていることを感じますね。

 

帰省中に祖父のお見舞いにいってきた

 今年で96歳になる祖父のお見舞いに行ってきました。

コロナ禍以降、病院の面会は人数や時間に制限があり、今回は20分だけの面会でした。

それでも、祖父の声を聞けて本当に良かったです。

 

久しぶりに会った祖父は、体はあまり動かず、耳も遠くなっていましたが、頭はしっかりしていて、台風の話や「お前はまだ嫁に行かないのか」など、いろいろと会話を楽しむことができました。40歳を過ぎた孫に向かってもまだ結婚を期待してくれるあたり、やっぱり孫は可愛いものなんだなと、嬉しい気持ちになりました。

 

祖父は九州らしい考え方で、「いい人は実家の近くで見つければよか、遠くの人はつまらん」といった感じで、会話の切れ味も健在。

 

祖父は行動力と実行力があり、昔からお願い事を叶えてくれるタイプでした。

制作に使う机をどこからか調達してくれたこともありますし、末の息子も60歳を過ぎて初婚でお嫁さんを見つけてきたほどです。

あと15年早ければ、私のご縁も見つけてくれたかもしれません。

 今回は、そんな祖父に「じいちゃんにさわればご利益があるかもしれん」と神様扱いしてナデナデしてきました。

来年には効果がでるかもしれませんね。多分。

20分の面会のうち、8分も私の心配をしてくれたことがとても嬉しかったです。

ダテに人生の半分以上はじい様やってるだけの事はありますね。

 母方の家族はブラックユーモアが通じるので、こうした話題でも気楽に話せるのが救いです。祖父はただ心配したいだけなんだと思うので、「いっぱい心配していいよ〜」という気持ちで向き合っています。

 年を重ねるごとに、可愛がってくれる人は少なくなっていくので、可愛がられるうちに思い切り可愛がられておこう、という気分です。

ちなみに、私はご近所どころか全世界に向けて募集中ですよ……一応お知らせしておきます。